新年あけましておめでとうございます。
このご挨拶を書かなくなって久しくなります。
年賀状の始まりと思われるものは、平安時代に離れた場所に住む相手に「書状」で新年のあいさつをする風習があったことからと言われているそうです。
現在のお年玉付き年賀はがきが発行されたのは1949年で人気を博しました。
2000年以降は一般の家庭にパソコンやプリンターが普及し、それぞれの写真などを載せた年賀状作成が確立したようです。
この年賀状、私は30年位前から書いていません。
携帯や通信機器がなかった子ども時代は、小学生の時に教えられた通り書いていました。
大人になってふと考えると、この年賀状はどうして書いているのだろうという疑問を持つようになりました。
なぜなら、私はお友だちと呼べる人がいないからです。
確かに年賀状をやり取りしていたお友だちはいました。
この年賀状に、「今年こそは会いましょう」と書いたり書かれていたり、そのうち何もお知らせすることもなくなり、やりとりが虚しく感じるようになりました。
ある年に思い切って書きました。
「年賀状じまいをします」このように書いたかどうかは30年以上前の話なので忘れてしまいましたが、来年からご挨拶を失礼する旨を伝えて終わりにしました。
すぐには反映されなくて次の年、何人かの方から年賀状が届きました。当時は若かったのでさすがに「返さなきゃ」と思い、年賀状ではなく「寒中見舞い」として1月の中旬に返していました。
その形になるとそれはそれで、また年賀状が届くようになってしまいました。
数年その形で続けていましたが、私の希望するものではありませんでした。
とても失礼なことだと思いましたが、ある年にお返事をしませんでした。
一人ずつ気づいてくださり、数年かけてこなくなりました。
長い方は5年くらいかかりました。たぶん、たくさんの枚数を書かれていて私から挨拶がないことに気づいていらっしゃらなかったのだと思いました。
去年、夫が悩んでいました。
年齢を重ねてきてこのやりとりが負担になっているようです。毎年、年賀状のことをまったく気にしていない様子の私を見て「いいなぁ」と言い続けられていました。
とうとう夫も今回の年賀状で終わりにする一言を書き添えていたようです。
我が子が低学年のころ、年賀状を書くという風習を学校で習ってきました。
我が家は出すところがありません。
今の時代の学校では、個人情報保持のために名簿がありません。お友だちに書くこともできません。
一人っ子の多い時代、祖父母がいないとか親戚もなく年賀状を出す相手がいない場合もあると思います。
学校でこういった祖父母や親せきに向けて書きましょうというのは、我が家には厳しかったです。本当にいないのだから仕方ないけれど、我が子に寂しい思いをさせてしまいました。
実際の行動とは裏腹ですが、
年賀状には人とのつながりを大切にする気持ちや新年への期待が込められていると思います。
そして、年賀状を受け取る喜びや手書きの文字から読み取ることができる温かみは心に響くものがあります。
我が子には、長い年月をかけてよいお友だちを見つけてほしいと願っています。